8月30日月曜日
朝起きて慧ちゃんの作った朝食の後、部屋の中で龍人とふたりで遊んだ。
慧ちゃんによると龍人は人見知りをするらしく、他人になついてくるのは珍しいそうだ。
そうこうしている内に荒川さんのツアー計画第2日目はメールに書かれていたフィーシュ(Fiesch)になった。荒川さんは僕のためにわざわざ休暇を取っていてくれていた。
スイスではWeb Camという監視カメラのようなものがあってWebでリアルタイムに各地の天候がわかるらしい。この日はブックスから東の方角は晴れそうなのでフィーシュに決定したのだ。
フィーシュは日本のスイス観光ではあまり行かない所らしい。と言うのもスイスのアルプスを登る場合大体が北側から登るベルナー・オーバーランドというエリアが中心だからだ。スイスの地図を見てもらえばわかるがスイスの大きな街は殆ど北側の湖付近にありチューリッヒ、そして首都のベルンなどの大都市もドイツ側に面している。(ジュネーブはフランス側)
アルプス山岳地帯はスイス南部からイタリア国境までに及び、殆ど平野が無い。つまりは荒川さんらしく、観光ツアーでは観られない「とっておきのアルプス探検」を用意してくれたのだ。
ブックスからフィーシュへは山越えのルートを車で走ることになる。
規模は違うが東京近郊で言えば日光のいろは坂、関西で言えば裏六甲のような道を8時間程かけて到着するのだ。申し訳ないことに時差ぼけもあって僕は車の中で半分寝てしまった。それでも目覚めては通り過ぎるたびに現れる村の風景は覚えている。イギリスでもそうだったが点在する村の中心には教会の時計台の塔が見える。そしてその塔は全てユニークであり同じものは無い。また家々の造りは白壁と黒塗りの木材で統一されておりテラスには色とりどりの花が飾られている。
牧草地では牛の姿が点在している。
イギリスの牧場では多くの羊があたりまえのように草を食べている風景があったが、スイスではそれが牛なのである。途中風景のいいところで車を止め慧ちゃんが作ってくれた昼食を頬張りながらドライブは続いた。
荒川さんは出発から4時間ぐらいしてトイレ休憩を含め、氷河のあるパーキングで車を止めた。そこは夏だと言うのに氷の洞窟があるところで、以前も荒川家で来たそうだ。その時はまだ、いーちゃんも小さかった。洞窟の中では熊のぬいぐるみをかぶった人(いわゆる最近日本で言う「きぐるみん」)が居て、それを見た、いーちゃんが泣き叫んでしまい、きぐるみんが困っていたそうだ。
氷の洞窟があるパーキング
洞窟の中の荒川さん
フィーシュのゴンドラの駅に到着した時は午後3時をまわっていた。月曜日ということもあってか、山頂へと登るゴンドラには僕等のほかには誰も居なかった。
ゴンドラでの途中で運転手が西南西の方角を指差し「天気がよければこっちにマッターホルンが見えるんだ」と言ったらしい。あいにくその方向には雲がかかっておりマッターホルンは見えなかった。
2台のゴンドラを乗り継いで山頂に着いた時、大氷河の絶景が待っていた。
後から荒川さんが見つけたのだが、僕が持っていった「最新版地球の歩き方」の表示に描かれいる絵と同じ風景だった。氷河はまるで巨大な高速道路のように山々を取り巻いていた。標高が2000mを越えることもあって、持参していったフリースを着込まないと寒すぎるくらいだった。
が、この後想像していなかった地獄?が計画されていた。ゴンドラを降りたところは正確には山頂ではなく西の方向に小高い瓦礫の山のようなものがある。それが山頂で、そこには鉄製の十字架がシンボルとして立てられている。一見したところそんなに苦労せずにたどり着ける様に見えた。
が、日頃の運動不足と空気の薄さをすっかり忘れていた。そして、その道程は「地球の歩き方」に書いてあった上級者向けの瓦礫だった。
登り始めには山頂から戻ってきた親子らしい二人がいただけで他は誰もいなかった。
15分は過ぎていただろうか。なんとか頂上には辿りつたのではあるが、その無様な青息吐息の様子は荒川さんがビデオで撮影しており、荒川宅に帰ってから再生した時、みんなに笑われてしまった。
山頂についてから5分過ぎだったろうか。荒川さんが「最終のゴンドラに乗るからそろそろ戻ろう」と言った。さすがに下りはなんとかなったが、心臓はバクバク状態で久々のいい運動になった(ことにしよう)。
下山する時の中腹から2代目のゴンドラに乗る時、誰もいなかったはずなのに10人以上の人が乗ってきた。荒川さんによると彼らは歩いてここまで登ってきている人たちだそうだ。そしてそれはスイス人たちの休暇の過ごし方としてはごく普通だそうで、マウンテンバイクで登るコースもあると言う。恐るべし!スイス人。
車に戻った時には5時頃だっただろうか。このまま来たルートで帰ると夜中になってしまう。
が、そこは荒川さんが考慮済み。車ごと列車に乗りアルプス山脈をトンネルで抜けるという離れ業を用意していたのだ。列車に乗って出発を待っている間に荒川さんが持参してきたハイネッケンで乾杯をした。間もなく列車はトンネルを潜り、山脈をワープしたのだ。
列車を降りた後暫く山道を走っていたが、荒川さんは何を思いついたのか「ちょっと気になる」と言って急にUターンした。どうやら一軒の自家製チーズ屋を発見し、旨そうなチーズを買いたかったのだ。
この日のブックスの荒川宅に到着後はあまり憶えていない。多分頭まで疲れていたのだろう。
しかし、この旅の運転は全て荒川さんがしていてくれたのだから、カロリー消費量は僕の比ではないはず。荒川さん本当にお疲れ様でした。